ファンでいるということと、好きだということとは、違うのか・・・?
司は複雑な面持ちでその言葉を聞いていた。
なぜ、もう会わないと言いながら、ファンであるなどと希望を持たせるようなことを言う必要があるのか・・・・?
「―――俺も・・・姫宮を兄貴だなんて思わない。そんなこと、思えるはずがない・・・・。」
「・・・・そう。・・・そうだよな。俺のことは、もう忘れてくれ。それじゃ、元気でな」
姫宮はそう言うと、立ち上がり、司に背を向けた。
「姫宮・・・・!」
司は、思わずその背中に叫んでいた。
「―――俺は、もう役者なんてやめる!!やめてやる!!どうせ才能なんてないんだ、全部親父の七光りさ!!みんなそう言ってる、そんなことくらい最初から知ってる!!有名な父親がいなかったら、俺なんて、誰も相手にしやしない・・・・!本当はお前だってそう思ってるんだろう!?」
「―――司・・・・?」
姫宮は驚いた顔で振り返った。
「・・・そんなこと・・・思ってない―――」
振り向いた姫宮の表情が、寂しそうに曇ったのを司は感じた。
姫宮はいつも誰に対しても元気で明るく、いつも笑っているのに、司を前にした時だけはこんな風に、悲しい表情や険しい顔になる。
自分の存在は、姫宮にとって、そんなに忌々しいものなのか―――?
そう思ったら司は、とてつもなく自分という人間が嫌になってきた。
どうして俺は、いつだってこうやってガキみたいに、駄々をこねて我がままばっかり言ってしまうのだろう・・・・?
嫌われて当然だ―――。
―――いっそ消えてしまえたら、姫宮をこんなに困らせないで済むのに・・・・。
もう会わないという姫宮の言葉に素直に従えば、もう姫宮を苦しめることはないのだろう・・・・。
頭では分かっていても、これきり姫宮に会えなくなるくらいなら、いっそ死んでしまいたいと思ってしまう。
―――どうしたらいいんだよ・・・・?
切なさのあまり、司の瞳に涙が溢れてきた。
「―――・・・・」
「・・・・司・・・・?」
気が付くと、姫宮の心配そうな顔が近くにあった。
「―――泣くなよ・・・」
司は、涙でぼやけた目で姫宮を見つめ返した。
「・・・・姫宮・・・俺のこと、見捨てないで―――」
「・・・え?」
驚いて瞠目する姫宮に、司は必死に哀願した。
「―――俺・・・こんなバカだけど、これから努力するから―――。姫宮に見捨てられたら・・・俺、もう生きていけない・・・」
「―――・・・・」
姫宮は戸惑った表情で司を見ている。
司は、再び殴られるのを覚悟で、思い切って胸のうちを姫宮に告げた。
「・・・姫宮、迷惑なのは分かってるけど・・・聞くだけ聞いてくれ。―――俺・・・初めて会った時から・・・姫宮のことが、好きなんだ―――どうしようもないくらい・・・・。あの日からずっと・・・頭の中が姫宮のことでいっぱいなんだ・・・・」
「―――・・・・」
姫宮が目を瞠り、愕然とする表情を、司の視界は絶望の中でとらえた。
―――もう、どうでもいい・・・・いっそ姫宮に殴られて死にたい・・・
司は歯を食いしばり、飛んでくるであろう強烈なパンチに備える。
やがて、戸惑う姫宮の言葉が聞こえた。
「―――お前・・・・自分がなに言ってるのか・・・分かってんのか?」
「ああ・・・・」
司が頷く。
姫宮が小さく息を飲むのが分かる。
重苦しい沈黙が流れる―――・・・
―――きっと、姫宮は怒るより呆れているんだ・・・。
やがて唾を吐いて、この部屋から出て行き、二度と手の届かないところへ行ってしまう・・・・。
俺は・・・身を切られるようなこの心の痛みに、この先どうやって耐えていけばいいのだろう・・・・・?
目を閉じて俯く司の耳に、姫宮の小さな声が聞こえた。
「―――司・・・・でも・・・・」
―――でも・・・・?
思いのほか落ち着いた姫宮の声音に、司は思わず顔を上げた。
姫宮の整った顔は、さすがに多少強張ってはいたが、それは怒りのためではなく、ひどく困惑しているせいなのだろう。
「―――でも、俺は・・・男だし・・・。そんな事を言われても・・・困る・・・・」
「―――・・・・・・・うん・・・」
司も、そんなことは百も承知している―――。
いくら綺麗で可愛い顔をしていても、姫宮が男なのは誰だって一目見れば分かる。
それでも、好きなものは好きなのだから仕方がない・・・・。
「・・・姫宮が困るのは・・・分かってる・・・。俺のこと、嫌いでも構わない・・・。それでも―――もう、会えなくなるのは・・・いやだ・・・」
「―――・・・・」
「姫宮・・・・」
司は女々しいと思いながらも、哀願を繰り返した。
今はただ姫宮の優しさに付け込んででも、なんとかして引き留めたい一心だった。
「―――司・・・役者やめるなんて、言うなよ・・・」
「・・・・・―――どうして・・・・・?」
思いがけない姫宮の言葉に、司はその真意を問わずにはいられなかった。
姫宮は、再び困ったような顔になり、司の視線から逃れるように横を向いて俯いた。
「姫宮・・・俺が役者をやめたって・・・関係ないだろう・・・・?むしろ・・・もう俺の顔も見たくないなら、その方が・・・・いいんじゃないのか・・・?」
司がそう言うと、姫宮は困った顔から少し怒った顔になった。
「見たくないなんて、そんなこと・・・誰も言ってないだろ―――」
「でも、俺のことは、嫌いだろ!?」
「―――だから、そうは言ってないって言ってるだろ・・・・!」
「・・・・じゃあ、好きだってのか・・・?!」
「―――・・・・」
姫宮は一瞬驚いた顔で司を振り返ると、その顔が見る間に赤くなっていった。
そして呟くように「まさか・・・」と言い捨てると、クルリと身体を翻し、出口のドアに向かってものすごい勢いで駆け出した。
司は姫宮の突然の変化に俊敏に反応した。
死んでも逃がすまじと、運動神経の限りを尽くしてその背中に必死に飛び付き、タックルする―――。
「―――った!!」
触れた!と思った瞬間スルリと逃げられ、司は自らジャンプして浮いた身体を見事に床にたたきつける羽目になった。
「・・・・グッ!!」
運悪く顎をしたたかに打ち、その痛みに司は思わず呻いた。
「・・・司・・・・?」
背後の異変に気付いた姫宮が振り向くと、司は顎を両手で押さえてうずくまっている。
「―――司!大丈夫か・・・?!」
慌てて引き返してきた姫宮が心配そうに顔を覗きこむ。
「・・・・・・」
「―――司・・・どこ、打った?」
「・・・アゴ・・・・」
司は、痛みと情けなさに泣けてきた。
―――なんで、逃げるんだよ姫宮・・・・
なんでいつもこうなるんだ・・・―――?
to be continued....